「帰省、どうする?」
その一言を聞くだけで、胸の奥がざわつく。
以前は当たり前だった正月の親族の集まりが、
子どもの発達を気にするようになってから、
少し違って感じられるようになった。
楽しみよりも緊張。
再会よりも気疲れ。
そんな気持ちを抱えている親は、決して少なくありません。
今回は、「帰省が気まずい」「子供のために帰省する?」という親御さん向けに、知っておいてほしいポイントについてまとめた記事になります。
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「行きたくない」と思う自分を、まず責めてしまう
多くの親は、こう感じた瞬間に自分を責めます。
「親として弱いのでは」
「子どものためには我慢すべきでは」
「気にしすぎなのは自分かもしれない」
でも、その背景には
子どもの状態を丁寧に見ようとする姿勢があります。
何も考えていなければ、
ここまで迷うことはありません。
正月の親族の集まりは、発達の視点では負荷が重なりやすい
正月の集まりは、
発達的に見ると、子どもにとって条件が厳しくなりやすい場面です。
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刺激が一気に増える環境
人の多さ、音、視線、空間の変化、生活リズムの乱れ。
複数の刺激が同時に入る環境では、
神経系の処理負荷が高まりやすくなります。
刺激の感じ方には個人差があり、
強く受け取りやすい子ほど、
- 落ち着きにくさ
- 動きの多さ
- 疲れやすさ
として表れやすくなります。
これは行動の問題というより、
身体と神経の反応として捉えたほうが自然です。
見通しが立ちにくい
場所、人、ルールが一気に変わる場面では、
「次に何が起こるか」を予測する力が求められます。
この力は発達途上にあり、
予測が立ちにくい環境では、
不安や混乱として表れやすくなります。
親が強く疲れるのも、自然な反応
子どもの様子を気にかけながら、
親族との関係にも配慮し、
トラブルを防ごうと常に先回りする。
この状態は、発達支援・理学療法の視点では
持続的な緊張状態(過覚醒に近い反応)と考えられます。
- 呼吸が浅くなる
- 身体がこわばる
- 常に周囲を監視している感覚
これは性格の問題ではなく、
注意と配慮を続けている人ほど起こりやすい生理的反応です。
「親族に会うことは、子どものためになるのか?」という疑問
ここで多くの親が行き詰まります。
一般的には、
「いろいろな人と関わる経験は大切」
「集団に慣れたほうがいい」
と言われがちです。
それ自体は間違いではありません。
ただし、発達の視点では、
とても大事な前提があります。
発達にとってプラスになる経験の条件
子どもの発達にとって意味を持つ経験は、
「少しの負荷 × 安心できる状態」
この組み合わせで成り立ちます。
- 不安が強すぎる
- 刺激が過剰
- 親が常に緊張している
こうした状態では、
経験は学習ではなく防衛反応になりやすくなります。
「慣れればよくなる」は、条件付き
慣れが起こりやすいのは、
- 刺激が段階的
- 予測が立つ
- 失敗しても安全
こうした条件がそろっているときです。
毎回刺激が強く、うまくいかない経験が続くと、
「慣れる」どころか、
嫌な記憶として残ることもあります。
「行く・行かない」ではなく、「どう関わるか」
だからこそ、選択肢は二択ではありません。
- 短時間だけ顔を出す
- 人数を絞る
- 別日に会う
- 今回は見送る
これらは逃げではなく、
子どもと親の状態に合わせた調整です。
調整できる環境のほうが、
結果的に発達にとって意味のある経験になりやすい。
最後に
親族に会うのが気まずいと感じるのは、
「子どもと環境の相性」を
きちんと感じ取れているからです。
発達の課題は、
集団に出れば解決するものでも、
親が我慢すればどうにかなるものでもありません。
どんな状態で、その場にいられたか。
そこに、発達的な意味があります。
無理に納得しなくていい。
説明できなくてもいい。
「そう感じる自分の感覚」は、
発達支援の視点から見ても、十分に妥当なものです。
それを大切にすることが、
親子にとって一番の土台になります。


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